JRSJ Vol.23, No.7
Vol.23, No7 「技能の期限と再現」特集について

  これまでロボットは主に生産ラインでの高精度な繰り返し作業を行うために用いられてきた。しかし、近年は高齢化を背景に福祉・医療分野など人間に近い位置で多様な作 業が要求されてきている。このような作業には人間のような技能や器用 さを要求されるものが多い .

マニピュレータやロボットハンドによる複雑な操作の実現は,ロボティクスの初期から現在に至るまで活発に研究されているテーマである.しかしながら,人間のように柔軟性に富んだ操作がどの程度達成されたかを考えれば,残念ながら現状は決して満足できるものとは言えない.ましてや,ロボットが訓練を積んだ技能者のレベルに追いつき,広く社会に貢献できる日はまだ遠いのではないだろうか.

人間の獲得した運動や操作の技能を抽出し,体系として理解しようとする試みは,医療・福祉,バイオメカニクス,運動科学の学術分野,さらには生産現場での技術伝承など,ロボティクスに限らず広い分野で取り組まれてきている.人間の技能を再現するには,改めて技能の起源である人間を積極的に研究対象に含める必要があるように思われる.

本特集では,技能の起源を探りその再現を目指す視点から,技能の発生過程,獲得過程,モデル化、計測と評価方法,およびその応用について解説を頂いた.

京都大学の荻原直道氏には,形態学的観点から人間のマニピュレーション能力の起源を探る試みを紹介していただいた.手によってなされる技能は,手の筋骨格モデルの構造に密接に関連すると考えられる. 腱の張り方や骨の配置が猿人や人間の把持能力の差を生み出しているという興味深い解説をしていただいた .工学の研究者が数万年のスパンで考えることは滅多にないと思う.技能が進化の過程でどのように得られたか,思いを巡らせるのも面白いのではないだろうか.

兵庫県立総合リハビリテーションセンターの陳隆明氏には,筋電義手を装着した患者がいかに操作技能を獲得してゆくか,その過程について紹介していただいた.義手を用いて日常作業を実現するためには,人間の持つ適応性を抜きに考えることはできない.興味深い実例を通じて解説していただいた.

京都大学の椹木哲夫氏には,エコロジカルインターフェースデザインを目指す立場から技能について解説していただいた.真に優れたインターフェース設計のためには,人と環境の相互作用を考慮し,技能の定義まで踏み込んだ洞察が必要であることが述べられている .

東京農工大学の森和夫氏には,職人技能を例に、人がある作業に対してその概念をいかに獲得していくかを分析し、その概念の伝承の難しさと課題について解説していただいた。氏の解説はロボティクスに直接関係しないが,人から人への伝承の難しさを知ることは,技能の工学的応用を考える立場の研究者にとっても大変有益であるはずである.

大阪大学の加藤天美氏には,近年大きな注目を浴びている脳−コンピュータインターフェース (BCI)について解説していただいた. 脳磁図を用いれば実際の運動の数百ミリ秒前から動作の兆候が計測可能であることが示されており,真の意味で人間の意図を汲んで動作するロボットの実現可能性を示す大変興味深い内容である .

株式会社ジースポートの黒田篤氏には,可視化によって人間の運動機能の理解を目指す同社の技術についてご紹介いただいた.筋骨格モデルによる運動解析は,技術的にはロボット工学と共通部分が多く,今後の発展が期待できる有望なアプリケーションといえる .同社では,この技術を用いてスポーツの訓練メニューを提案するというユニークな試みも行っている.

奈良先端科学技術大学院大学の小笠原司氏には,ロボットによるタスクの実現に関するこれまでの研究を振り返り,センサベースド制御へ至る流れを解説していただいた.また,最近の研究事例として, CPGによる多指ハンドの運動生成および初期滑り知覚によるロボットハンドの把持制御について紹介していただいた.

名古屋工業大学の佐野明人氏には,生産ラインで歪みの検査を行う職人が用いるメリヤス編みの軍手をヒントに開発したデバイスについて紹介していただいた .触知覚を増幅するこのデバイスは触動作に含まれる技能を見事に抽出した実例といえよう.

以上,本特集では技能の起源と再現をキーワードに 8編の解説をいただいた

最後に,お忙しい中執筆をご快諾いただきました執筆者の方々に心より御礼申し上げます.

(上田 淳 奈良先端大,小澤 隆太 立命館大)

(「特集について」より)