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会長挨拶

日本ロボット学会会長就任挨拶


一般社団法人日本ロボット学会
会長 菅野 重樹 (早稲田大学)
(2023・2024年度)

 

 地球温暖化とカーボンニュートラル,エネルギー,長期国際紛争,そしてコロナウイルス感染症2019など,世界的に不透明感が増している中,日本が世界に誇っていたはずのロボットについても,その優位性に黄信号が灯り始めているような危機感を感じています.2023年からの2年間は勝負の年と位置付け,日本ロボット学会の存在意義を高めたく,会員諸氏のみならず,ロボットに関わる産業界,医療福祉分野,そしてユーザー,全ての方々の積極的参加・協力をお願いいたします.

 多くのロボット研究開発者が,「日本のロボット技術は進んでおり世界をリードしている」,「欧米はソフトウェア中心であり,ものづくりに強い日本の方が身体のあるロボット開発では優位である」と信じているように思われます.ところが,国際紛争,感染症拡大が世界的な経済の停滞をもたらし,国際会議のオンライン化により深い研究交流が進まず,さらに部品供給遅れにより技術開発が減速しています.ものづくりに強いはずの日本は,力を発揮できない閉塞感に包まれているようにも見えます.

 そのような中,諸外国,特にアジアの国々はロボット,特にハードウェアの技術力を着実に高めています.外食産業で急速に現場導入が進んでいる配膳ロボットは,深センで起業した中国の会社のロボットであり,日本製ではありません.配膳ロボットに必要となる移動ロボット技術,人との親和性に関する研究はいずれも日本がリードしていたはずですが,残念ながら日本では産業に結び付いていません.現場に多数のロボットが導入され,運用が始まると膨大な実験データが得られます.このデータが日本のロボット技術の発展に活かせないのはたいへん残念なことです.

 また,超高齢社会となった日本では,約20年前から人手不足を補う介護・看護ロボットの必要性が指摘され,技術開発と並行して様々なニーズ調査や市場調査が行われてきましたが,実用化には至っていません.癒し・セラピー,歩行支援などのロボットが開発され市販されていますが,現場によっては,かえってさらなる人手を必要とするとの評価があり,市場が広がっているとは言い難いです.

 一方,ソフトウェアの技術開発,特に深層学習を始めとするAI研究は目覚ましい発展を遂げています.ハードウェアに影響されないことから,コロナ2019の影響もあまり受けずに,性能・機能のレベルアップが続いています.しかも,これはアメリカの一人勝ちの様相を呈しています.アメリカのOpenAIが開発し,最近大いに注目されているChat-GPTは,思わず皆が夢中になる大規模言語モデルです.皆さんも試されたことと思います.つい先日の3月14日(現地時間)にOpenAIはさらに高性能な言語モデルである「GPT-4」を発表しました.GTP-4は,アメリカの司法試験で,前のモデルであるGPT-3.5の結果が下位10%の成績だったのに対し,上位10%の成績を収めています.「従来の構文解析,述語論理,意味論などの自然言語処理の研究は終了した」と指摘する専門家もいます.この勢いは止まらず,産業革命につながるとまで言われています.ロボットでもコミュニケーション,言語は重要な要素技術であり,特に介護ロボットには必須の機能ですが,日本は後塵を拝していると言わざるを得ません.

 これらマイナスの要因は多々ありますが,技術の進歩の速度は早まるばかりであり,立ち止まって反省し改革する時間はほとんどありません.それよりも前を向いて進むことが求められています.マイナスを打破すること,技術開発の環境を創出させることは,決して企業だけの役割ではありません.学問の旗振り役である学会の重要な使命です.日本ロボット学会の歴代会長・理事会は,そのときどきの課題に取り組み,産学連携,ロボット學,デジタル(サイバーフィジカル)など,学会の方向性を主導され,土台を固められてきました.これからの2年間は築かれた土台の上で,大きくジャンプする施策を検討し,実行したいと考えています.先月,ロボット工学ハンドブック第3版が出版されました.初版が出版されてから33年目になります.私は第3版の編集委員長として,前の版の改訂ではなく,日本ロボット学会ならではのハンドブックの作成を目指しました.編集委員会で活発な議論がなされ,その結果,全く新しい構成のハンドブックとなりました.

 これからロボット学会が進むべき方向も,改訂ではなく新規で考えることが肝要です.学会からの情報発信を全て英語にする,主たる国際会議であるIROSに日本から多数の展示を促す枠組みを用意するなど,「日本」が冠として付いていても世界的な学術団体になることが必要です.より多くの方々の力を結集し,新しい日本ロボット学会の姿を描きたく,あらためて皆さんの主体的参加を切にお願いいたします.

過去の会長就任挨拶